前回まで、
幸福の法則
1
次の日の朝、やっぱり永太は落ち込んでいた。
昨日テストが返却された6教科どれも目標の点数に達していなかったらしい。
でもさぁ、目標点数が全教科100点中98点っていくら何でも無謀すぎない?
2点しか余裕がないとかどんなに頭が良くても無理だと思うんだけど。意識高すぎ。
でも、永太はこの目標に向かって勉強していたのだから尊敬するよ。
バカな俺に勉強を付き合ってくれていたから、点数が落ちた可能性もある。
つまり俺にも多少責任があるということなので、優しくて罪深い俺は永太を励まそうとした。
2
「なぁ永太、今日の放課後はヒマかい」
落ち込んでいる人にはなるべく落ち込んでいる理由に触れない方がいいし、慰めてやるって雰囲気を出すのも違うから、頑張っていつもの感じで喋りかけた。
「あぁ、特に何にも予定はないけどなんで?」
「いや、テストが終わったからゲーセン行かねーかなって思ってさ」
「俺が今ゲーセンに行けるテンションだと思うか」
だめだ、完全にネガティブモードになってるよ。
だがここで引き下がってはいけないと思い、俺の主張を押し付ける。
「何言ってるんだよ、こんな時こそゲーセン行くんだよ。レースゲームしたり格ゲーしたりして今まで溜めたスレトスを全て吐き出すんだよ」
政治家の演説みたいな暑い主張ができたかもしれない。
「って『スレトス』って何だよ、『ストレス』だろうが」
永太は細かい間違いを指摘した。
俺は勢いに任せて喋ったことに羞恥心を感じる。
「ということで確定な、付き合ってもらうぞ」
俺の少々強引な誘いに戸惑っていたものの、
「…分かった行くよ」
乗り気じゃなかったがOKを出してくれた。
3
放課後、俺と永太は近所のゲーセンにいた。
やはり永太の落ち込みモードは直ることはなく、朝から変わらずどんよりしている。
「遊びまくってスカーっとしようぜスカーって」
「…おう」
「したらさ、まずはこれでスカーっとしようぜ」
最初に勧めたゲームはパンチングマシーン。
レースゲームとか格ゲーやクイズゲームなどは、確かにストレス発散できるかもしれないけど、なんかスカーッとはならない。
やっぱり体を動かした方が健康にもいいしスッキリする。
しかし、永太はそっぽ向いていた。
「よ、よーしまずは俺からだ!」
そっぽ向いている永太にはお構いなしに100円玉を投入し、右手にグローブをはめてスタンバイする。
グォーンと大きな音と同時に倒れていた的が起き上がってきた。
液晶画面に『ファイト!』の表示が出ると、構えていた右拳に全ての力を乗せて思いっきり殴った。
ズドォォンと大きな音が店内に響き、液晶画面に出ている記録を確認した。
- 記録20kg
「あれ、こんなに弱かったっけ」
手応えは抜群のはずだったのに。
ってか20kgっていくら何でも弱すぎない?
機械が故障でもしているんじゃないの。
「…貸して」
永太は俺のはめているグローブを取り上げて準備をした。
4
「この機械壊れてるぜ、永太も大した数字でないって」
俺の言葉が聞こえなかったのか、永太は何度か素振りをし、100円を入れた。
起き上がってきた的にグローブを当てて「ふぅ」と息をはいた。
そして、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
と店内に響き渡る大声を出して振りかぶり、勢いよく的を殴った。
いつもと違う永太の姿と迫力に俺はビビっていた。
ズドォォォォォォォォン!
俺の時よりも大きな音が響く。
そして、液晶に映った記録を見てさらに驚いた。
- 記録160kg
「バ、馬鹿力」
記録を見て自然と口にしていた言葉だった。
「バカっていうな」
バカって言葉が癇に障ったようだ。
だって俺のことすごい剣幕で睨みつけてくるからさ。
「あっ、すまん」
すぐさま永太に謝罪した。
しかし永太の怒りはおさまらないらしく
「…やっぱりここはつまらん、帰る」
と言ってゲーセンを出て行った。
5
「ちょ、待てよ!」
俺は永太を追いかけた。
このままじゃ気分転換にならないと思ったので、次はマックでハンバーガーを食べることを提案するも、無視してそのまま歩き続けている。
永太の歩き方はどこかおぼつかなく、まるでゾンビみたいにフラフラと歩いていて怖い。
やがて一本の路地にたどり着く。
「そっちには何もないぜ、行き止まりだ」
止めたつもりだったが、永太の歩みは止まらない。
そのままスッと路地に入っていった。
あまりにも永太らしくない行動と、言うことをきかない怒りから怒りながら俺も路地に入っていく。
「おい、どうしちゃったんだよ永太」
行き止まりで立ち止まってる永太に向かって怒鳴り付けた。
俺がこんな大声出して怒るのは久々だ、普段はこんなことでは怒らない。
すると、
「…つまらん」
背中を向けたまま呆れたような声で言った。
6
「な、何言ってるんだよ、勉強のしすぎで頭おかしくなったのか」
「今の俺は最高に不幸な存在だ」
「そんなことねーよ、とにかく戻ろうぜ、こんな狭くて薄暗いところにいたってなんの解決にもならないし」
永太の肩を掴み、戻ろうと促したその時、
肩に乗せた手は即座に払われ、怯んだ俺の胸ぐらを掴んでそのまま一本背負いでアスファルトの地面に叩きつけられた。
「グァハッ!」
受け身なんて全くできなかったのでダメージをモロに受ける。
胸が圧迫されたような感覚で息苦しい。
痛さと苦しさでまともに声が出せないでいた。
「悪いな、俺は柔道も習っているんだ」
永太は俺を見下ろした。いつもの永太とは違う鋭い目で睨みつけていた。
「なぁ肇、『幸福の法則』って知っているか」
「…な…んだ…それ?」
「幸福の全体量はこの世に決まっていて、それを皆で分けている。だから幸福な人はその分配の割合が大きく、逆に不幸な人は分配が少ない…」
「…訳が…わか…らんぞ」
「で、人生で幸福を使いきれないまま死んだ人の幸福ってどうなると思う」
「…え」
「残りのみんなに配分されるんだ」
永太の目付きが変わった。なんか獲物を狙うハイエナのような鋭い目付き。
「お前は今かなり幸せそうだから…」
そう言いながらブレザーの内ポケットに手を入れて何かを取り出す。
それは刃渡り6センチのダガーナイフ。あの切れ味が 良くて殺傷能力の高いヤツだ。
「なっ!」
若干パニックになっていた俺。
そんな俺にはお構いなしに、永太はゆっくりと低い声で言った。
「…その幸福、俺によこせ」
続く。
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