前回まで、
いつもの日常
1
次の日の学校は、もちろんいつもと変わらない。
昨日のKARAS事件が嘘の様に思えてくる。
まぁそれも当たり前なんだけどね。
オンラインゲームの世界なんて、言ってしまえば『空想の世界』だから。
現実世界のみんなが知ってるわけない。
知ることが出来るのは、その世界に入ってきた人達 だけだ。
だから現実世界のみんなは、普通に生活する。
まぁそんなことはいいんだけど…。
問題なのは、KARAS事件の中心人物だった永太だ。
ホームルームの時間まであと5分だというのに、まだ教室に居ないのだ。
いつも「10分前行動だ」ってしつこく俺に言ってきたのに。
(もしかして永太、酷く落ち込んで学校に来れないと か?)
一抹の不安が頭をよぎった。
そして、教室のドアが開いた。
入ってきたのは、担任の先生。
永太の欠席が確定した、と思ったその時だ。
先生が教卓の前に着くのと同時に、教室のドアが勢いよく開いた。
そこには、肩で大きく息をし、汗びっしょりの姿で立っていた永太がいた。
た。
「…せん生………俺……遅刻……ですが?」
ゾンビみたいな歩き方で一歩ずつ担任の先生に迫っていく。
息切れしていてまともに喋れていない。
そんな姿に圧倒された担任は、
「だ、大丈夫だ、とりあえず時間までには着いたから遅刻にはならんから……」
遅刻にはならないという言葉を聞いて安心したのか、永太の表情が緩んで笑顔になった。
「いいから城戸、とりあえず先に着きなさい」
2
昼休みになった。
俺はいつものように永太の近くにいき、弁当をあける。
いつも永太と2人で弁当を食べるのが日常だった。
昼食の時間に永太といろんな話をするんだよな。
最近はオンラインゲームのことばかりだけど。
で、弁当をあけて早々「今日はなんで遅刻したんだ」ってきいた。
「えっ!?」
鳩が豆鉄砲食ったような表情を見せたが、すぐに答えた。
「あぁ、ただ寝坊しただけだよ」
永太が寝坊するはずなんてないと思っていたのでさらに追求した。
「本当にそうなのか?実はKARASの件で落ち込んだりしてるんじゃねーの?」
「「んー…確かに肇や他のメンバーには申し訳ないことしたなって感じてるよ、だからこれからはGINJIとして、そ してチーム⭐︎ダイナ(仮)として絶対に裏切らないって約束するよ」
「そうそう、もうKARASじゃなくてGINJIなんだから」
「ってかあらためてゴメンな、なんか今日会うのがつらかった」
「まぁまぁ人間なんて間違いを繰り返して大きくなるもんじゃん。これを『覆水盆に返らず』って言うじゃん。俺はもう気にしていないから終わりにしようぜ」
「…ありがとう」
永太は俯きながら感謝した。
次の瞬間、いきなり目つきが鋭くなり、
「ってか『覆水盆に返らず』はヤバいだろ!」
といつものように俺にツッコミを入れた。
「えっ?!違ったっけ?」
「当たり前だ、覆水盆に返らずだと『1度してしまったことは取り返しのつかない』という意味だぞ、お前は俺を許すのか許さないのかどっちなんだよ!」
「許すに決まってるだろうが!失敗しても何度でも立ち上がって成長するんだって伝えたかったんだよ!」
「それなら『七転び八起き』だろうが!」
「全然言葉が違うじゃねーか!」
俺たちは顔を見合わせて大笑いした。
いきなり笑い出したものだから、クラスメートみんなドン引きだったに違いない。
でも、元通りの永太に戻っていて内心ホッとした。
3
「よう肇、飯食ったか〜」
声は教室の入り口から聞こえた。
「おぉ智也、久しぶりだなぁ」
声の主は池田智也(イケダトモヤ)
中学時代からの同級生だ。
背丈は俺と同じくらいで髪は茶色に染めている。
ネクタイはきっちり締めず、ワイシャツの裾は外に出て、おまけにスラックスは腰パン。
一昔前のヤンキーかチャラ男ですかと言いたい格好だ。
「久しぶりだなぁ、っておんなじクラスだろ俺ら」
智也はそう言いながら俺の真横に椅子をよせてドスンと座った。
「いや、中学のときと違ってほとんど話さなくなったから久々に話したって意味でさ」
智也は高校に入学してからは俺ではなく別な友達と遊ぶことが多くなった。
俺がオンラインゲームにのめり込んだと同時に智也がバンド活動をはじめたこともあり、遊ぶ機会も減ってしまった。
「お前は相変わらずだな」
フフンと鼻で笑った。
「で、どうしたのさ」
俺は智也のバカにしたような態度にはお構いなし要件を聞いた。
「久々に体育館でバスケやらねぇ?」
中学の頃は昼休みによく体育館にバスケしに行ってたんだよなぁ。
よく智也と1on1してから授業受けてたっけ。
「おっ、いいね!いこうか!」
「そうこなくっちゃ」
俺はすぐに立ち上がり、
「永太も行こうぜ!」
と1人でスマホをポチポチしていた永太を誘った。
だがこの時、智也がイヤな顔をしたみたいだが、俺は気づかなかったんだ。
永太は智也から出てくる嫌な雰囲気を察知したみたいで、
「あっ…俺はいいよ、二人で1on1やってきて」
と控えめな感じで断った。
「そっか…それじゃ行ってくるわ」
俺は智也と教室の扉から思いっきり飛び出した。
「キャッ!」
扉の前で誰かとぶつかった。
4
感触からいうと相手は女子だろう。
だって柔らかかったし。
恐るおそる確認すると、やっぱり女子だった。
彼女はゆかに両手を置き、何かを探している様子だ。
それがすぐに『メガネを探している』動作だとわかった。
俺は足元を見て真下に落ちていた黒縁メガネを拾い、彼女に渡した。
「あっ、ありがとうございます」
彼女はスッと立ち上がり、メガネを受け取ってすぐにかけた。
身長は俺よりも低く小柄で、細くきつめの三つ編みが2本両肩のあたりで垂れ下がっている。
前髪はきっちりと分けられて、勉強ができる真面目な女子という感じだ。
ただ、俺の視線を奪ったのは大きな胸。
推定Fカップくらいはあるんじゃないかな。
ついついじーっと見てしまう。
そしたら、彼女は恥ずかしそうにモジモジしながら小さな声で、
「あの、大塚さんって教室にいますか」
と尋ねてきた。
普段カナタのこと苗字で呼ばないから一瞬誰だ?と思ったが、気づいてすぐに案内した。
「カナタならあそこ、窓際にいっぱい女子がいるでしょ。あの中にいるよ」
「あっ、ありがとうございます」
彼女は俺に一礼をしてすぐにカナタの元へ向かった。
声がまた可愛いんだ。
ついつい彼女の胸…いやいや後ろ姿に視線が行ってしまう。
「へぇーあんな地味なのが好みなわけ」
「な、なんだよ!ただ普通に案内しただけだろ」
「まぁ肇にはあれくらいの地味女がお似合いだろうな」
「もうやめろや!これ以上言ったら…えーとあの子の名前なんだっけ?」
「ってか名前もわからずにかばっていたのか」
智也は呆れ顔をしていた。
「雨宮梢(アマミヤコズエ)っていうんだよ」
彼女の名前は、雨宮梢らしい。
続く。
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