前回まで、
違和感
1
目覚めると視界にはキーボードが飛び込んできた。
俺はハッとなり、急いで上半身をあげた。
時刻は12時、でも外は眩しいくらいの快晴。
どうやらNATSUHAに負けたあと、疲れもあってそのまま寝落ちしたらしい。
眠い目を擦って部屋を見渡してみると、ベッドには昨日オフ会で着た服が無造作に置かれている。
寝落ちしたからパソコンの電源はつけっぱなし。
スリープ状態から復帰し、ゲームの画面に戻した。
マウスをクリックしてログイン時間を確認してみる。
表示は13。つまり13時間もログインしていたことになる。
「これじゃまるで引きこもりだな…」
ボソッとと呟く。
まぁ今は夏休みだからこんな自堕落な生活になっても問題はない。
登校しなくてもいいし、学力テストがあるわけでもないし。
「あーあ、なんかダルいなぁ、とりあえずひとっ風呂浴びてくるかな」
DINAをログアウトさせパソコンの電源を切った。
そしてタオルと着替えを持って1階の風呂場へ向かった。
2
脱衣所に着いた瞬間、ポケットに入れていたケータイがいきなり鳴り出した。
ポケットから急いでケータイを取り出し、誰からなのか確認したら、
電話の相手は永太だった。
「もしもし〜なんか用?」
だるそうな声、時折あくびをしながら話す俺に、
『まるでというか、ガッツリ寝起きだなぁ』
と少々呆れ気味に話す永太だった。
「んー…うるさいな、んで何の用」
『今すぐに始まりの街に来てくれないか』
「はぁ?! 俺今ログアウトしたばか…」
『つべこべ言わずにすぐ来てくれ』
俺の言葉を遮って強い口調で話し、一方的に電話を切られてしまった。
「風呂入るところだったのにな」
ブツブツと文句をいいながら、自分の部屋に向かった。
3
さっき電源を切ったばかりのパソコン。
まだ暖かさを感じながら電源ボタンを押した。
ゲームを開いて再びログインし、始まりの街に降り立った。
真横にはGINJI。そして間髪入れずチャットウィンドウに表示された。
- GINJI
- よしきたか
こっちだ、掲示板のところ
いちいちうるさいやつだと不満を感じながらも、掲示板の場所まで移動した。
すでにチーム⭐︎ダイナ(仮)のメンバーは集まっている。BINGO!!さんを除いて。
- SEVEN
- こんにちはで候
- MOMOKO
- こんにちは〜
- SID
- こ、こんにちは
近づいた俺に挨拶をしてくれたのだが、SIDの言葉遣いに違和感を感じる。
それでも俺はあえて触れず、放置することにした。
4
- DINA
- で、なんで俺を呼び出したんだ
- GINJI
- この掲示板を見てくれよ
- DINA
- なるほど、系地盤を見ればいいんだな
- GINJI
- そうだ、
というか掲示板の字が間違ってるよw - DINA
- えっ?!
チャットの文章を確認したが、やはり間違っていた。
いつもならここからメンバーの総ツッコミが始まるのだが、
- SEVEN
- 普通そんな間違いなどせぬだろうw
- MOMOKO
- 焦って打ったらだめだよー^ ^
- SID
- そ、そうだよ
慌てちゃダメだよー - DINA
- お、おう!
なんかしっくりこないんだよなぁ。
いつもならここでSIDが[死ねww]とか言ってくるところなのに。
俺が構えていた受け身のエネルギーが行き場を失って困っている。
やっぱり、違和感は放置してはいけないということで、SIDに近づき話しかけた。
- DINA
- いつものSIDじゃないぞ
どうしたんだ? - SID
- い、いや…
なにか躊躇っているようにも感じる。
どこかやりづらそうとか、気を使っているというか、罪悪感を抱えているというか、そんな感じ。
そこそこSIDと共に過ごしているからなんとなくわかるんだ。
というか、あからさまに別人になっていてビックリしているのもあるんだけど。
- DINA
- なにかあったのか?
俺がきいても、SIDはなかなか理由を話してくれない。
思い悩んでいることでもあるのだろうか。
もしかしたら、昨日のオフ会で帰りが遅くて親にカミナリを落とされたとか。
もしくは、今日の星占いで12位だったからこの先どんな不安が待っているのか不安で押しつぶされているのか。
もしくは、今読んでいるマンガの主人公が死んでしまって、この先どんなストーリーになるのか気になっているのか。
想像がグルグル無限ループしていると、チャットウィンドウに、
- SID
- ごめんなさい!
SIDの謝罪が表示された。
5
理解に苦しんでいた。
SIDのことを心配して様子をうかがっていただけなのに。
困惑した空気を察したのか、SIDから謝罪の理由を説明された。
- SID
- 私、DINA君が肇君だってこと知らなくて
オンラインゲームだから接点ないと思ったから多少強気でもいいかならって思って
オフ会で事実を知ってビックリしちゃって
だから、肇君にたくさん酷いこと言ってしまって、だから、
必死の弁解だと思う。
いつもと違い、長文のチャットだったから。
まぁ、接点がなければ何を言ってもいいのもどうかと思うが、今は考えないでおこう。
- DINA
- そうだったのか
- SID
- 本当にごめんなさい
これからはあんな酷い言葉使わないようにするね
と返されたものの、正直困るのが本音。
SIDの掛け合いも楽しかったから、今更『雨宮梢モード』になっても困る。
おしとやかなSIDなんて、SIDではない。
- DINA
- ひとつだけ
SIDはさ『無理してSIDを演じていた』の?
頭の中で考えついた最大の配慮だと思ってる。
確かに今はいつものSIDではない。
でも、梢ちゃんが『無理をして』いたのならそれもまた違うと思う。
結局、ありのままを出せるのが1番だから。
- SID
- いいえ
SIDになっているときはまるで変身したヒーローみたいにすごく自信がついたの
だから無理していたわけじゃないの
SIDになることで違った私に出会えた気がして楽しかったから
なら答えはひとつしかない。
6
- DINA
- そしたらさ
いつものSIDでいこうよ
今更変わっても違和感しかないからさ
それに俺多少のことなら慣れっこだから気にしないでw
これでまた元のSIDに戻ればいいんだけど。
- SID
- …ありがとう
それじゃまたSIDとしてよろしくね
どうやら元に戻ってくれたみたい。
心の中ではかなりホッとしている。
- SID
- ということで死ねwww
早速来たよ。
悪口言われているのになぜか嬉しい気持ちになるのは不思議だね。
- DINA
- うんうんwそれがSIDらしいよ
俺はそれを懐かしい記憶のように受け止めた。
だが、SIDの猛攻は止まらず、何度も[死ねw]と送られてくる。
若干引き気味だったけど、彼女が戻ってくれるならこれくらい…。
- SID
- 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねwwwwwwwwwwwwwwww
さすがにこれはやり過ぎだろう。
今まで微笑んでいた俺の我慢は限界に達した。
- DINA
- あのなぁ!
『仏の顔も三人分』だぞ!
限度ってもんがあるんだぞ!
泣くぞ!?パソコンの前で泣いてやるからな! - GINJI
- 仏の顔も三度までだろw
- DINA
- えっ?!
- SID
- …面白い間違え方w
パソコンの前で泣くのではなく、固まってしまったのだが、
SIDが元に戻ってくれてよかったと内心ホッとした。
続く。
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