前回まで、
誰が為の正義
1
正義の味方になろうと宣言したけれど、今の日本は平和すぎる。
どこまで歩いてもすれ違うのは普通の人で、悪党の気配さえ感じられない。
『これから銀行強盗しますよ』みたいな悪党がいれば簡単なのに。
キョロキョロと周りを見渡してもどこにもいない。
そうしているうちに正義の味方なんて、バカバカしいと感じるようになった。
行き場のないモヤモヤを発散するために、行きつけのゲームセンターに向かうことにした。
2
ひたすらパンチングマシンでサンドバッグを殴る。
なんかモヤモヤした時はこうして物に当たるのが1番のストレス発散になる。
でも、どんなに頑張っても、最高記録には到達しない。
それどころかベスト10にも入らないのだ。
体は心地よい疲労に包まれたが、心のモヤモヤは晴れない。
他のゲームを探そうと辺りをキョロキョロしたその時、
少し離れた格ゲーのコーナーに目がいく。
そこには、智也と智也の彼女らしき女子が座ってゲームをしていた。
ニコニコしている2人、そして智也の口には白い棒のようなものを咥えている。
先端から煙がでているそれはタバコだった。
(えっ、なんでタバコなんか吸ってるの)
ゲームセンター内での喫煙は法律で禁止されている。
ましてや智也はまだ未成年だ。吸っていいわけではない。
だけど周りのみんなは見てみぬふり。
確かに智也はオーバーサイズのシャツを着て、幅の太いパンツを腰穿きしているから近寄り難い雰囲気はある。
隣にいる彼女らしき女子だって「タバコやめなよ」って一言いえば済むことなのに。
由々しき状態なのに誰も指摘しようとしなかった。
今こそ正義の味方になるべきと意を決して智也に向かった。
3
「よう、智也」
「なんだ、肇か」
なんだかものすごく緊張している。
よく見てみると、唇下にはピアスがついている。
それが智也のオーラというか威圧みたいなものを更に増しているような気がする。
俺は清水の舞台から飛び降りるつもりで言った。
「それタバコだろう。ゲーセンで吸ったらダメだし、そもそもまだ吸える年齢じゃないしさ」
すると智也はスッと席を立ち、かと思ったらいきなり右の拳をしたからえぐって腹をどついてきた。
鈍い痛み、息を吸おうにも呼吸すらできない。
腹を抱えたまま前のめりになってその場に崩れ落ちてしまった。
(なんで?なんか俺悪いこといったか?)
腹の鈍痛で若干混乱していた。
俺はなぜ智也に殴られなきゃいけないのか、理解していなかった。
「優等生ぶってるんじゃねーよ」
智也がやや不機嫌そうな口調でそういった。
友に伝えるような暖かい言葉ではなく、冷たく鋭い言葉。
「俺がタバコ吸おうが俺の勝手だろ!今時の高校生なんてみんなこれくらい吸ってるだろ。ってか肇に指図される筋合いはねぇ!」
智也は倒れている俺の腹を蹴り付けた。
4
目が覚めるとそこは知らない場所。
俺はソファーの上に寝かされていた。
(ここはどこだ、確か俺智也に殴られてたような……)
寝起きの状態で頭がまわらない。
体は意識と関係なく覚醒していき、眠っていた痛みも覚醒した。
「うっ」
思わず声が漏れ、またソファーに横になった。
「だ、だいじょうぶ?」
俺の右側から可愛らしい女子の声が聞こえた。
ゆっくりその方向を向いてみると、そこには梢ちゃんが座っていた。
心配そうにこちらを見ている。
俺は反射的に目を逸らしてしまった。
惨めな姿を晒しているからではない。
オンラインゲームを強引に離脱したから、梢ちゃんに合わせる顔がないからだ。
[……あんた本当にバカだよ]
SIDの言葉がふと脳裏に蘇る。
(やっぱり、俺はバガだなぁって思われてるんだろうな)
あのまま智也に蹴られて死んでしまえばよかったのかなと考えてしまう。
「肇君、ゲームセンターで倒れていて『大丈夫?』って声かけても動かなかったんだよ。本当に心配したんだから……近くにいた店員さんに事務所まで運んでくれて……ほんとうに無事でよかった……」
梢ちゃんは本当に心配していたみたいだ。
どうしてこんなクズみたいな俺のことを心配してくれるのか、その時はわからなかった。
予想外の言葉に動揺し、熱いものが込み上げてくる。
俺は痛みに紛れて涙を流した。
そんな俺を察知してか、梢ちゃんは俺の額にそっと手を乗せて、優しい声で、
「無事でよかった、ほんとうに」
って言ってくれた。
続く。
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