前回まで、
約束の時
1
あれから梢ちゃんに家まで付き添ってもらい、自宅のベッドの上で仰向けになっている。
蹴られたお腹がズキズキと痛む。
夜になっても痛みがひかない。
気を紛らわすためにテレビを付け、バラエティ番組にチャンネルをあわせる。
相変わらずパソコンには見向きもせず、ぐうたらな夏休みを続けている。
そんな青春時代をドブに捨てるような生活をしている俺のケータイに1通のメールが届いた。
送り主は奈々さんだった。
20:30
FROM:池田奈々
TITLE:無題
+–+–+–+–+–+–+–+–+
話があるの
緑橋公園で待っている
今すぐきて
+–+–+–+–+–+–+–+–+
なんだろうと思い、すぐに着替えて家から飛び出した。
2
「……ここだ」
街灯を頼りに自転車を走らせて10分弱。
余裕で緑橋公園に到着した。
公園の入り口で辺りを見渡すと、50メートルくらい奥の方でベンチに座っている会社の制服姿の奈々さんを発見した。
脚を組み、肘をベンチの背もたれに乗せながら夜空を見上げている姿がなんとも凛々しくてカッコいい。
歩いて近くまで行く、すると向こうはこちらに気付いたみたい。
少し意地悪そうな調子で、
「遅いぞ!誰かに連れ去られたら責任とってくれる?」
といった。
「奈々さんは大丈夫ですよ、連れて行く人いないと思いますから」
「ちょっとぉ!それはレディに対して失礼よ!」
奈々さんは立ち上がり、右拳を握りしめ、俺のお腹に右ストレートを叩き込んできた。
「いってーーーーーーーー!!」
収まりかけていたお腹の痛みが復活した。
ジンジンと痛みがわいてくる。
「女心がわからないからこうなるの」
右ストレート放つ時点で女としてどうかと思う、っていいたかったけど、言葉をそのまま飲み込んだ。
というか奈々さん、今日俺がお腹蹴られたのわかって攻撃したでしょ?
「まぁいいわ、とりあえずベンチに座って話しましょう」
「はぁ」
俺はため息をつきながらベンチに腰掛けた。
「!!!」
座った瞬間、お尻に激痛が走った。
慌ててベンチを立ち、振り返って確認すると、俺が座っていた場所に画鋲が置いてあった。
しかも1個ではなく、何個か固まっており剣山みたいになっている。
奈々さんは涙を流しながら笑っていた。
「アハハハハ、アンタって昔からリアクション大きいから面白いね」
「笑いごとじゃないっすよ、マジで痛いんすからね」
お尻をさすりながら奈々さんに抗議した。
「え、でもこれは仕返しだよ」
「仕返し?」
「画鋲を数えてみなよ」
奈々さんに促されてベンチに乗っている画鋲を数えてみた。
数は4個。
「これって……」
「そう、チーム⭐︎ダイナ(仮)のメンバー分の怒り」
奈々さんはニコっと笑顔を見せた。
3
「いい加減にしてください!」
俺は今怒りに身を任せている状態、つまりキレたのだ。
年上とか、智也の姉とかそんなのもうどうでもいい。
とにかく目の前にいる小悪魔(奈々さん)が憎くて憎くて仕方がない。
俺は握った右拳を構えて、怒りがこもった右ストレートを奈々さんに向かって思いっきり放つ。
だが、俺が殴ったのはベンチの背もたれだった。
奈々さんの、約3センチほどの位置。
頭の中では『殴ってやる』って意気込んでいたけど、体がとっさに拳の方向を変えたのだ。
「……アンタは昔から優しかったから私のこと殴らないのもわかってる」
奈々さんの優しい口調に涙腺たけが反応した。
怒り、情けなさ、自己否定で俺の心の中はパニックになっている。
そんな中で奈々さんは優しい口調でさらに続けた。
「でもそれでいいの、殴ったって痛くなるのはアンタの右手と心だけ、なんでも怒りに任せて行動するのはマイナスだからね」
奈々さんの説教を、ただ聞いていた俺。
ただ、どうしても負けているようで悔しかったから、奈々さんに反抗しようとした。
震えた唇をどうにか動かして、最初の一言をいおうとしたその瞬間、
「……いろいろと、ごめんね」
今度はいきなり謝ってきた。
もう訳がわからないよ。
「俺をからかって、説教してその後は『ごめんね』だと?いい加減にしてくれよ!
そもそも『ごめんなさい』はリセットボタンじゃないんだから取り消そうなんて無理な話だろうが!なら最初からするな!」
この短時間で溜め込まれた怒りをすべて出し切った。
それと同時に昼間蹴られたお腹の痛みもズキズキと病み出した。
つづく。
コメントを残す