前回まで、
約束の時
4
俺たちはベンチに腰掛け、2人でコーラを飲み、一息ついた。
画鋲は手で払い、草むらに捨てた。
たまに吹く涼しい風、冷たいコーラ、そして綺麗な月を眺めているおかげで、徐々に興奮が冷めていく。
「……智也のこと」
奈々さんが申し訳なさそうに呟いた。
「えっ……」
あまりにも唐突すぎて、反応に困った。
奈々さんは続けた。
「あの子自分の行動を否定されるとキレるの、だから姉として謝らなきゃと思って……」
智也の言い訳を奈々さんが代わりに話しているようにしか聞こえない。
いや、姉としてと言ってたけど智也本人が謝る気がないなら奈々さんが頭を下げても意味はないと思う。
「保護者ぶらないでください、奈々さんに責任なんてないですから」
「ううん、智也が変わったのは私にも責任があると思っているの、あの子私の学生時代を見て育っているから」
奈々さんはコーラを一口飲んで話を続けた。
5
「知ってると思うけど、昔は真面目で優等生だったの、高三の時は生徒会長もつとめたし」
「だから、久々に会ったとき見た目が変わっててビックリしましたよ」
「でしょ、会社では昔の写真見せたらビックリされるんだ」
奈々さんはニコッと笑い、そしてすぐに悲しい表情で続けた。
「でもね、他の友達が髪を染めてたり放課後カラオケに行く光景がね、高校生活楽しんでいるみたいでなんか羨ましかった」
「俺は真面目に頑張るのすごいと思いますけどね、生徒会長できる人って限られますし」
「それはね、担任の先生に『押し付けられた』のよ、『池田は真面目だからやるべきなんだ』って、それが悪夢の始まりね」
そこから奈々さんは当時を淡々と喋り始めた。
親しい友人に「会長だからって調子乗んなよ!」って言われたこと。
学期末テストでカンニングをしたと、いぶかしがられたこと。
真面目に頑張れば頑張るほど良くないことが起きて一時不登校になったこと。
そんな毎日が続き、しばらく笑うことができなかったこと。
一通り話し終えると奈々さんは肩を震わせ、目を隠しながら俯いた。
その姿から生徒会長時代の苦しさが伝わってくる。
「智也はそんな落ち込んでいく私を間近で見ていたの、だからきっと私と同じにならないようにしたんだと思うの、だから……」
「智也を責めるなってことですか」
奈々さんは静かに首を縦に振った。
言葉といい態度といい、まるで犯人を擁護する弁護士みたい。
呆れて何も言えず、ベンチから立ち上がり帰ろうとした。
「まって!話はこれこれで終わりじゃないの」
「もう、智也の言い訳はききたくありません」
「違うの、次の話が本題だから」
(じゃあ今までのは何だったんだよ!)
込み上げてくる怒りを鎮め、もう一度ベンチに座った。
6
「実は探している人が見つかったの、だから明日2人で……」
「奈々さんが探している人っていましたっけ」
奈々さんの言葉に被せてとぼけた。
「とぼけないて!ゲームの中で『強力する』って約束したでしょ!」
奈々さんが怒るのも無理はない。
なぜなら俺はSEVENさんの人探しに協力していたからだ。
「約束はしましたけど、 今の俺には関係のないことですから」
「関係ないって、約束破るなんて最低ね」
「 他の人に頼めばいいじゃないですか!GINJIでもSIDでもMOMOKOでも、俺より強いヤツは他にいるじゃないですか。ポンコツな俺なんか役に立ちませんよ」
自然と熱いものが込み上げてくる。
何度戦っても勝てなくて、それでも周りからは「頑張れ」とか「諦めるな」とか聞こえのいい言葉ばかりかけられてさ。
もう、うんざりなんだよ、ホント。
俯いた俺に奈々さんは「こっちを向いて」と声をかけてきた。
奈々さんの方へ顔を向けると、そのまま思いっきりビンタをしてきた。
俺は頬を押さえながら「何するんすか!?」と声を荒げた。
奈々さんは涙目になりながら、
「アンタじゃなきゃダメだって、なんでわからないの!?」
って怒鳴った。
奈々さんとその人に何があったかは知らないが、とにかく必死だった。
でも、その時の俺は怒りや無価値観に支配されていて正常な判断ができていなかった。
そもそもあんなクソゲーやりたくないし、もうどうでもいい。
立ち上がり、公園から出るため走り出す。
「明後日の夜7時、始まりの街で待ってるからー!来るって信じているからー!」
奈々さんの声が遠くから聞こえる。
その言葉に一度だけ足を止めたが、首を横に降りまた走り出した。
夜の街、涙を流しながら。
つづく。
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