前回まで、
センパイとの出会い
4
入社して1ヶ月。
私はすっかり会社にも慣れ、センパイの指導がなくても仕事ができるようになっていた。
一人前にはまだ程遠いけど、補助輪は外れたのだ。
「うんうん、よくできてるじゃないか。これならもう僕が付いていなくても大丈夫だね」
「ありがとうございます!でも、なんか不安というか寂しいです。センパイのおかげでなんとかここまで出来ましたから」
不安な気持ちが思わず顔に出て、少し俯いた。
そんな私とはうってかわって、緒方センパイはニッコリと笑っていた。
明日いきなりお別れってことないから、わからなかったらまたいつでもききにおいで
と優しい口調で言ってくれた。
私はそんな緒方センパイを尊敬の眼差しで見つめている。
いつか後輩ができたら、緒方センパイみたいに優しい先輩になろう。
そんな決意を胸に。
「よし、それじゃあ今日は池田さんのひとり立ち記念日ということで一緒にごはん食べに行こうか」
「はい!よろこんで!」
元気を取り戻した私はルンルン気分で仕事に取り組んだ。
5
業務がおわり、私と緒方センパイは駅近くの居酒屋にいた。
約束通り、私のひとり立ち記念を祝わっての食事だ。
小上がりに緒方センパイと向かい合って座っている。
「何でも好きなものを注文してね、今日は池田さんのお祝いなんだから遠慮はいらないよ」
そういうと、緒方センパイは優しく微笑みを見せた。
私も思わず笑みがこぼれる。
「ありがとうございます」といい、呼び出しボタンを押す。
そしてメニュー片手に次々と料理を注文する。
「えー鳥串と豚串を4本ずつとラーメンサラダ1つ、あとはオムライス、焼きそば、だし巻き卵、鳥軟骨の唐揚げに、サイコロステーキ、あとはラーメンサラダ!」
「い、池田さん、それだとラーメンサラダ2つ注文することになるけど……」
「大丈夫です!」
にっこりと笑みを返した私に、緒方センパイは少し引いていたかもしれない。
私は遠慮することなく、11品注文した。
6
1時間後、緒方センパイは驚きの表情で私を見ている。
なぜなら注文した11品全て完食したから。
「池田さん、体型スリムなのによく食べるんだね」
失礼とわかっていながらも、直球すぎる質問をしてきた。
「疲れていると、自然とたくさん食べちゃうんですよねー」
「もう会社やめてフードファイターになりなよ」
「私ギャル曽根さんに勝てますかね」
「勝てる勝てる」
「じゃあサイコロステーキもう3ついこうかしら」
「本当に食べられるの?」
「もうムリですー」
「ってこのやりとりなんやねん!」
緒方センパイのツッコミに思わず2人で大笑い。
頼りがいがあって、真面目でお兄さん的な存在だと思っていた緒方センパイから、お笑い芸人みたいなツッコミがくるのは予想外だったから。
私の感覚だけど、この食事で緒方センパイとの距離はグッと近づいたように思う。
「なんか安心した」
「えっどうしてですか」
「池田さん、無理しているんじゃないかって心配だったからさ、僕からの指導がプレッシャーになってるんじゃないかって思っててさ」
「そんなことないですよ、疲れたってのは慣れないパソコンの作業ばかりだから疲れただけで、仕事のプレッシャーとかは感じてませんから。それに、仕事を早く覚えられたのは全部センパイのおかげです。だから私、すぐに覚えることができたんです」
「そっか、そう言ってくれると嬉しいよ、ありがとう」
センパイは少し暗い表情だったけど、私の言葉で安心したみたい。
「でも、暴飲暴食は体によくないからね。僕が新しいストレス解消法教えるから騙されたつもりでやってみて」
緒方センパイはジャケットから手帳を取り出し、何かを書いた。
そして書いたページを破って渡してくれた。
7
書いてあるのは080からはじまる電話番号と、何かのURL。
多分番号は緒方センパイのものだろう。
「これって何かのサイトですか?」
私はURLを指差しながらきいた。
「これはオンラインゲームのサイトなんだ。アクションとか爽快だからストレスも発散できるしどうかな?」
「へぇ〜センパイがオンラインゲームですか。見た目から絶対に興味ないって思ってましたよ」
「それってどういう意味なのさー」
「いや、そのまんまの意味ですよ」
私たちはまた「ふふっ」とお互い笑い合った。
「でもいいですよねーオンラインゲーム。私もつい先日から-Sky Fliers Online-ってゲームをやっています」
緒方センパイは驚いた顔をしながら
「奇遇だね、さっき私たURLは-Sky Fliers Online-に繋がるやつなんだ」
「ホントですか!今度一緒にプレイしましょうよ!」
私のテンションは最高潮になった。
キラキラした目で緒方センパイを見ていたと思う。
「いいよ、ってか同じゲームをプレイしている人をリアルで見つけたのははじめてかも」
「ですよね!なんか運命感じますね!」
オンラインゲームは、顔も名前も性別さえも知らない相手と同じ環境でゲームをするから、知らない外国に1人取り残された状態に近い。
だから、知り合いが同じゲーム内にいるのはとても心強いのだ。
「で、センパイのキャラクターってなんていう名前なんですか?」
「えっとね、カルーアって名前だよ」
「えっ!カルーアですか!」
「そうそう、最近仲良くなった女侍みたいな人がいるからその人と3人で周ろうよ」
私はテーブルをバンと両手で叩き、緒方センパイに顔を近づけた。
私の迫力に圧倒され、少し仰け反っていた。
「センパイ!そのSEVENってキャラクター、実は私です!」
そう言って、私は緒方センパイに太陽のような笑顔を見せた。
つづく。
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