前回まで、
再会
1
- KAHLUA
- 弱いくせにでしゃばりやがって
静まりかえった洞窟で、KAHLUAの独り言だけが寂しく響く。
私はそれを少し離れたところで眺めていた。
KAHLUAに見つからないように、画面の端ギリギリになるように位置を調整しながら。
「センパイを見つけて、JINKが負けて、ここまでは予定通り。でも、信じているからね、JINK」
私はパソコンのディスプレイを眺めながら独り言をつぶやいた。
今日の日のために、私はずっと考えていたの。
考えすぎて、仕事が手につかなくなるくらい、ほんとセンパイに怒られるね。
でも私は、またセンパイと一緒にいたい。
その想いだけでここまで来たの。
2
「センパイ……」
胸に秘めた想いが言葉となって出てきそうになる。
思い出すと、心臓を鷲掴みされたように、苦しくなる。
緒方センパイが会社を去ってから数ヶ月間、完全な音信不通状態になった。
電話、メール、チャットすらも繋がらなかった相手とうまく話すことができるだろうか。
しかもセンパイは今、かなり落ち込んでいる状態だから、下手に刺激してしまったらもう2度と会えなくなってしまうかもしれない。
そんな不安、緊張、プレッシャーが全て私にのしかかってくるんだ。
もう、泣いてしまいたいくらい。
でも、泣かないって決めたの。
これが全て終わった後、思いっきり泣くって決めたから。
崩壊しそうな涙腺を手で抑え、両手で頬をパンパンと2回叩いた。
「よし、行くよ!」
コントローラを握りしめ、意を決してSEVENが一歩前に踏み出した。
一歩一歩、噛み締めるように。
3
- SEVEN
- センパイ!
私は勇気を振り絞ってKAHLUAに声をかけた。
キーボードを打ち込む手はかじかむように震えている。
対するKAHLUAはぴくりとも動かずSEVENを見ている。
- KAHLUA
- SEVEN、久しぶりだな
数ヶ月ぶりの再会だけど、本当は画面越しではなく直接会いたかった。
溢れる思いが心の鍵を壊し、私の指先を操ろうとする。
言いたいこと、たくさんある。
でもガマン慢したの。
今はセンパイに立ち直ってほしいから、色々いうのはその後でもよかったんだ。
- SEVEN
- 元気で何よりです、本当に心配してましたから
- 心配だと?よくもそんな言葉いえたものだなw
KAHLUAの言葉はトゲトゲしく荒い。
何もかも拒絶するような気持ちが言葉に含まれているようにも見える。
バカにするために来たのだろう!
仕事のミスを笑いに来たのだろう!
ダメなやつだと罵りに来たのだろう!
センパイの連続投稿したチャットは、指摘されることを恐れて暴走しているように見える。
- KAHLUA
- 僕は失敗しない完璧な人生を歩んできたんだ
成功している人は皆、一つの失敗もしていないからな
なのに……僕は些細なことで失敗してしまった
もうすべて終わりなんだ! - SEVEN
- ……違うよ
- もはや僕に残されたのはこのゲームのみ!
ここでは完璧を目指せるのだ! - SEVEN
- ……違うよ、センパイ
- さっきからなんだ!否定ばかりしやがって!
荒ぶるセンパイに少しだけでも寄り添いたかった。
「うん」と頷いてすべてを受け入れたら、また違う結果になったのかな。
だけどね、あまりにも歪み過ぎた気持ちは、ハッキリいった方がいいと思ったの。
それが本当の愛だと信じているから。
- SEVEN
- センパイの言っていること、わかるんです
でも、少し違うかなって思うこともあって……
本当はね、もっと楽にしてもいいと思うんです
4
私は、ただわかってほしかった。
センパイのことを誰もせめる人なんていないし、バカにする人だっていない。
失敗しなかった偉人もいない、成功し続ける人なんていない。
どうやって言葉にすればいいかわからないけど、私のできる範囲で文章を作った。
- SEVEN
- 失敗してもいいんですよ、誰でも、いつでも、何に対しても、
でもそこで、諦めたらだめだと思うんです
センパイは成功ばかり重ねたからわからないと思うけど…… - KAHLUA
- ……何がいいたいんだ?
気持ちを全て載せた文章も、返事は冷たかった。
「だめ、伝わらない……どうしたらいいの?」
私は、自分の文章力のなさに落胆した。
伝えたいことが、うまく伝えられないから。
でも諦めちゃダメだと思い、再びキーボードに手をやったその時だった。
- JINK
- KAHLUA!次は絶対勝つから待っていろ!
チャットウィンドウから、JINKの文章が飛び込んできた。
叫ぶモードを使ってKAHLUAに再戦を申し込んだんだ。
私は熱くなった目頭をおさえながら、静かに
「……ありがとう」と呟いた。
つづく。
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