前回まで、
疵無き玉
4
屋上のドアを開けると、そこには手すりに寄りかかって街を眺めている緒方センパイがいた。
肩は猫背で頭はどんよりと下がっている。
哀愁漂うというよりは、単に叱られて落ち込んでいる様子。
私はそっと近づき、横から覗き込むようにセンパイの顔を見た。
「ここにいたんですね、探しましたよー」
センパイのくらいオーラに飲み込まれないように、意識して明るく振る舞った。
「や、やぁ」
センパイも私に気づいてニコッと笑ってくれたのだが、どうも表情は硬い。
きっと無理して笑っているんだなと一発でわかる。
私は手に持っていた缶コーヒーを渡しながら、
「センパイ、どこにも見当たらなくて探したんですよー」
と伝えた。
5
街の景色は無機質だ。
排ガス混じりな匂いと、時折聞こえるクラクションの音。
歩く音は聞こえないけど、この街が止まらず、人々が生活している様子がうかがえる。
そんな動いている街とは対照的に、横にいるのは『止まっている』緒方センパイだ。
渡した缶コーヒーを一口飲んでは、その度に大きなため息をついている。
私はセンパイに立ち直ってもらいたくて、生意気だったけど、失敗は誰でもあること。
センパイはできる男だということ。
これからの仕事で挽回しましょう、ということ。
とにかく思いの全てを伝えたんだ。
しかし、センパイからは、
「俺のこと、『仕事ができない奴』だと思っているだろ」
という、ネガティブ全開の返事だった。
「えっ、い、いや」
私は予想外の返事にたじろいでしまう。
そんな反応を見て、さらに
「やっぱり思ってるんだろ『ダメな奴』だって」
と念を押すように言い放った。
「い、いや、そんなこと思ってないですって、むしろ逆です」
私は、さらに励ますつもりで、
私も部長に怒られて落ち込んでいたということ。
センパイみたいなすごい人でも時には失敗することがあるからプレッシャーから解放されたということ。
いつも口癖のように言ってくれた『ミスは成功のための土台』だから次に挽回しましょうということ。
勢いに任せて喋り倒した。
全ては、センパイに立ち直ってもらいたかったから。
少しの沈黙の後、緒方センパイが口を開いた。
それは火山が噴火する前の静けさというか、気持ち悪いくらいボソボソと呟くような声だった。
「……通用しない」
「えっ、すみません、もう一度……」
「俺にはその言葉は通用しないって言ってるんだよ!」
今まで私には見せない激しい口調だった。
私は恐怖でその場に固まってしまう。
6
「君がいった言葉が通用するのは最初の1年だけ、あとはひとつの失敗で全てを失うんだ!」
「そ、そんなの違いますよ!偏った考え方は緒方センパイらしくないです!」
「ウルサイ!君に何がわかると言うんだ。ミス1つで全て がダメになるという事を」
必死の反論も届くことなく、私は力で押さえ込まれてしまった感覚になった。
センパイの呼吸は肩を激しく上下し、ゼェゼェと大きく息をしている。
かと思ったら、突然膝から崩れ落ちうずくまった。
「俺はダメな男だ、この世に存在すら許されない男、ホントにダメなヤツだよ」
顔は隠れて表情は見えない。
鼻をすすりながら呟いている。多分泣いているのだと思う。
私はそんなセンパイの姿を直視することができなかった。
例え失敗しても『次頑張るからみてな』と言いながら笑顔で乗り越えるセンパイを想像していたから。
あまりのギャップに、私の思考が追いついていなかった。
「あ、あの……」
センパイは突然立ち上がり、私に背を向けて屋上の扉にむかっていた。
「もういい、俺のことなど構わないでくれ」
がっつり肩を落とし、視線も下向きのままで屋上を後にした。
私は込み上がるものが止められず、ただ感情に任せて泣いた。
つづく。
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