前回まで、
疵無き玉
7
あの日から、センパイは会社に姿を見せることはなかった。
私に何の連絡もなく、突然辞表を提出したみたい。
部長は慌てて「受け取れない」とか「考え直せ」と説得はしてみたものの、センパイの意思は硬く困惑していたと同僚からきいた。
おそらくあの時の失敗から、自暴自棄になってしまったと思う。
もちろん、部署内では緒方センパイの話題で持ちきりになっていた。
ショックで自殺したんじゃないか、という人。
自分探しに海外へ旅だったのではないか、と言う人。
ヘッドハンティングで引き抜かれたのではないか、と言う人。
みんな様々な仮説を披露している。
だけど、私には緒方センパイが今なにしているのか心当たり語がある。
きっとオンラインゲームに夢中になって引きこもっているということだ。
8
私の予想した通り、緒方センパイはKAHLUAとしてオンラインゲームにログインしていた。
ログイン時間を確認してみると、すでに36時間もぶっ続けでログインしていることになっている。
私はKAHLUAを探し出し、いつものように話しかけた。
- SEVEN
- センパイ!
だが、私に気づいたKAHLUAはすぐにダッシュでその場を去ろうとした。
私は慌ててKAHLUAを追いかけた。
- SEVEN
- 待ってよ!
待ってよセンパイ!!
チャットを叫ぶモードに切り替え、一生懸命叫んでいてもKAHLUAは止まらなかった。
私とKAHLUAの距離はみるみるうちに離れていき、数分で画面から姿を消した。
視界が急にぼやけてくる。
溢れる気持ちは涙となって頬をつたい、胸が締め付けられるように苦しくなる。
「なんで、なんで、なんでセンパイ、こうなっちゃったの?」
初めてセンパイと出会い、優しい笑顔が素敵だったこと。
失敗を繰り返してしまう私に「次挽回すればいいんだよ」と励ましてくれたこと。
オンラインゲームでもセンパイと行動し、ずっと一緒で楽しかったこと。
ご飯を食べに行ったとき、センパイが飲んでいたカルーアミルクを少し味見させてもらったこと。
楽しかった思い出がまるで裏を返したかのように私に襲ってきた。
なんでこうなっちゃったんだろう。
私がもっとセンパイのそばにいてあげれば。
こんなことにはならなかったのかも。
自責の念が私の心をつつき、じわじわと胸の奥が痛くなる。
9
それでも私は諦めなかった。
KAHLUAを、センパイを助け出すことを。
今まで優しく指導くださった大切な人だから、前を向いて欲しいと思ったの。
あれからKAHLUAは私とのお友達登録を削除してしまった。
なのでKAHLUAに関する情報は全くわからなくなってしまった。
それでも私は諦めなかった。
センパイと何度も見た、森の安全地帯の木陰に座りながら、その機会を待っていた。
時には他のプレイヤーから情報をもらったり。
仕事から帰ってすぐにログインしたり。
フィールド内を当てもなく駆け回ったり。
それでも私は、いつかセンパイに会えると信じて、諦めることはしなかった。
10
私はパソコンの前で「ふぅ」とため息をついた。
今までセンパイとの出来事を思い出しているうちに、心がギューっと締め付けられたからだ。
「センパイ、待っててね」
そして、今度は走っているJINKを見ながら、
「肇、私のわがままに付き合ってくれてありがとう。私は肇のこと信じているからね」
と呟いた。
私のコントローラを持つ手が震えている。
会いたくないのだろうか、いやそんなことはない。
嫌われるかもしれない、逃げられるかもしれない。
でも本当は、私のそばにずっといてほしい。
だって私は、緒方センパイのことが好きだから。
つづく。
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