【第73回】空想戦記 -Sky Fliers Online-

前回まで、

第72回 空想戦記 -Sky Fliers Online-

疵無き玉

7

あの日から、センパイは会社に姿を見せることはなかった。

私に何の連絡もなく、突然辞表を提出したみたい。

部長は慌てて「受け取れない」とか「考え直せ」と説得はしてみたものの、センパイの意思は硬く困惑していたと同僚からきいた。

おそらくあの時の失敗から、自暴自棄になってしまったと思う。

もちろん、部署内では緒方センパイの話題で持ちきりになっていた。

ショックで自殺したんじゃないか、という人。

自分探しに海外へ旅だったのではないか、と言う人。

ヘッドハンティングで引き抜かれたのではないか、と言う人。

みんな様々な仮説を披露している。

だけど、私には緒方センパイが今なにしているのか心当たり語がある。

きっとオンラインゲームに夢中になって引きこもっているということだ。

8

私の予想した通り、緒方センパイはKAHLUAとしてオンラインゲームにログインしていた。

ログイン時間を確認してみると、すでに36時間もぶっ続けでログインしていることになっている。

私はKAHLUAを探し出し、いつものように話しかけた。

SEVEN
センパイ!

だが、私に気づいたKAHLUAはすぐにダッシュでその場を去ろうとした。

私は慌ててKAHLUAを追いかけた。

SEVEN
待ってよ!
待ってよセンパイ!!

チャットを叫ぶモードに切り替え、一生懸命叫んでいてもKAHLUAは止まらなかった。

私とKAHLUAの距離はみるみるうちに離れていき、数分で画面から姿を消した。

視界が急にぼやけてくる。

溢れる気持ちは涙となって頬をつたい、胸が締め付けられるように苦しくなる。

「なんで、なんで、なんでセンパイ、こうなっちゃったの?」

初めてセンパイと出会い、優しい笑顔が素敵だったこと。

失敗を繰り返してしまう私に「次挽回すればいいんだよ」と励ましてくれたこと。

オンラインゲームでもセンパイと行動し、ずっと一緒で楽しかったこと。

ご飯を食べに行ったとき、センパイが飲んでいたカルーアミルクを少し味見させてもらったこと。

楽しかった思い出がまるで裏を返したかのように私に襲ってきた。

なんでこうなっちゃったんだろう。

私がもっとセンパイのそばにいてあげれば。

こんなことにはならなかったのかも。

自責の念が私の心をつつき、じわじわと胸の奥が痛くなる。

9

それでも私は諦めなかった。

KAHLUAを、センパイを助け出すことを。

今まで優しく指導くださった大切な人だから、前を向いて欲しいと思ったの。

あれからKAHLUAは私とのお友達登録を削除してしまった。

なのでKAHLUAに関する情報は全くわからなくなってしまった。

それでも私は諦めなかった。

センパイと何度も見た、森の安全地帯の木陰に座りながら、その機会を待っていた。

時には他のプレイヤーから情報をもらったり。

仕事から帰ってすぐにログインしたり。

フィールド内を当てもなく駆け回ったり。

それでも私は、いつかセンパイに会えると信じて、諦めることはしなかった。

10

私はパソコンの前で「ふぅ」とため息をついた。

今までセンパイとの出来事を思い出しているうちに、心がギューっと締め付けられたからだ。

「センパイ、待っててね」

そして、今度は走っているJINKを見ながら、

「肇、私のわがままに付き合ってくれてありがとう。私は肇のこと信じているからね」

と呟いた。

私のコントローラを持つ手が震えている。

会いたくないのだろうか、いやそんなことはない。

嫌われるかもしれない、逃げられるかもしれない。

でも本当は、私のそばにずっといてほしい。

だって私は、緒方センパイのことが好きだから。

つづく。

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ムツキ
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いつでもそこにいるブロガーを目指してる30代農家。 何でもアリの雑記ブログやケータイ小説などを書いてます。