前回まで、
メンター・ザ・ロック
1
目覚まし時計のベルの音が、俺の耳に鳴り響いてくる。
俺は右手でそれを止めながら、左手で眠い目を擦った。
時刻は朝の5時10分前。
朝だというのにとてもムシムシしていて、爽やかな朝とは程遠い感じだ。
「急がなきゃ…」
俺はのろりのろりと布団から出て、ゆっくり重い体を引きずってパソコンの前まで向かった。
約束の時間は朝の5時、遅れると怒られるから。
パソコンの起動を貧乏ゆすりしながら待ち、急いでゲームを立ち上げた。
2
- ???
- 遅い!
遅いぞ少年よ! - JINK
- スミマセン!
でも、たかだか1分じゃないですか - ???
- バカもーーーーーーーーん!
1分でも遅れたことには変わりない!
ログインしてすぐに、俺はお説教をいただくことになった。
集合時間に間に合わず、1分すぎてしまったのだ。
[全くそんなことだから強くなんかなれない]とチャットウィンドウにたくさんのお叱りが流れてくる。
黒で統一された革ジャンとチノパン。
スラっと長い腕と足に、右手にはマイクスタンドを握っている。
まるで一昔前のパンクロッカーを彷彿させる見た目をしている。
俺はなんで朝からパンクロッカーに怒られているんだろう。
まだ半分眠っている頭を一生懸命働かせながら、このような状態になった経緯を思い出してみる。
3
KAHLUAと戦い、SEVENさんと別れたあの日。
初めてPVに勝利できた俺は、嬉しくて手当たり次第PVを挑んだ。
しかし、奇跡は2度も起こることはなく、再び敗北の嵐。
「これで最後にしよう」と挑んだ11戦目。
それがORANGE_HEARTとの出会いだった。
- レベル102
- 体力180
- 得意武器、大剣(スタンドマイク)
- ハネツキ
力の解放を駆使して戦ったものの、スタンドマイクをブンブン振り回す彼に近寄れず、最後はお決まりの時間切れで負ける。
ここまでは今まで戦ってきたプレイヤーと何も変わらない。
だが違うのはここから。
[強くなりたいのか?少年を見ていたらそんな感じがしてきた、違うか?]
まるで俺の心の中を読んでいるかのようにピタリと心情を言い当てたのだ。
[なんでわかったんですか!]俺が感動して問いかけると、
[そりゃ手当たり次第にPVを挑んでいるからそうかなと思ってw]と返答された。
どうやら一連の行動を遠くで見ていたらしい。
そして興味を持って近づいたらPVに巻き込まれたというのだ。
- ORANGE_HEART
- 少年よ、正直お前の戦い方は酷すぎる
もし本当に強くなりたかったら
明日の朝5時に始まりの街で待っている
遅刻は厳禁だからな!
[いや5時は早すぎないか]と打っている間に、ORANGE_HEARTはログアウトしてしまった。
時刻は12時をすぎている。
5時は早すぎないかと呟きながら、その日は寝床についた。
急いで目覚まし時計を4時30分にセットして。
4
- ORANGE_HEART
- まぁいいだろう
1分遅れたとはいえしっかり来てくれたのだから
感謝する!
ORANGE_HEARTはチャットのあとペコリとお辞儀をした。
というか半ば強引だったとはいえ感謝したいのは俺のほう。
なんてったって強くなる裏技を教えてくれるのだから。
- ORANGE_HEART
- ということで早速だが
鍛えるぞ! - JINK
- はい?
俺はキョトンとした。
そんな状況に構わずORANGE_HEARTは続けた。
- ORANGE_HEART
- 鍛えるんだよ!
当たり前だろ!
強くなるのに!
近道などない!
略して『鍛・当・強・近』だ! - JINK
- いや、ただ頭文字を取っただけでしょ
- ORANGE_HEART
- そうか!
なら『よろにい』の方が良かったか?
『よろにい』の方が良かったか?
じゃないよ!
という言葉を飲み込み、脱線しかけている話題の軌道修正を試みた。
- JINK
- 鍛えるって何を鍛えるんですか?
地道にレベルを上げるってことですか?
このゲームで鍛えるって言ってもやることは限られる。
レベルを上げてステータスをあげたり、PVの技術を上げるくらいしか思いつかない。
まさかリアルに筋トレをしろとか言うのかな。
とか妄想していたら、
- ORANGE_HEART
- とりあえず
コントローラを置いて
腕立て伏せ10000回な!
本当に筋トレ指示してきやがった。
- JINK
- いや、本気でゲームに関係ないですから勘弁してください
というか1万回て腕崩壊しますってw - ORANGE_HEART
- バカモーン!
少年よ
男に2言はない
やれ
頑なに発言を撤回しなかったので俺はコントローラを机の上に置き、腕立て伏せを始めた。
たちまち上腕部は熱を持ち、力も入らなくなってくる。
結局、俺ができたのは5回だけ。
それをチャットで報告したら、腕立て伏せについて熱く語った文章がウィンドウ全体を覆うことになった。
つづく。